2ntブログ

■ フリースペース ■

フリースペースです。
好きな事をご自由に書いて利用してください。

尚、不要な場合は「HTML編集」の<!-- フリースペースここから -->~<!-- フリースペースここまで --> を削除してください。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
自分の好きな酒の一つにパスティスというリキュールがある。同じような作り方、同じようなボタニカルで作る蒸留酒系のリキュールにはギリシアのウーゾ、トルコのラクなどがある。どれもが主にアニスの香り・成分をメインに溶け込ませたリキュールである。

初めてパスティスを飲んだのは、もう20年近くも昔の事。当時勤務していた寿司屋の社長に連れていってもらったバーで飲んだのが、このリキュールを口にした初めての経験だった。
この寿司屋の社長の実の父親であり、かつ寿司職人としての親方は、銀座の久兵衛の職人の中でも腕利きの職人の一人であった。
自分を雇ってくれた社長は、その父親が銀座の店から独立して池袋に店を出してからは、子供の頃から職人である父の姿を見て修行を積んできたという根っからの寿司職人であった。
生まれつきの都会育ち、さらに父親が2軒の寿司屋の社長兼親方であり、社長自身も高校を卒業する前からなんだかんだで家の仕事の手伝いで、包丁を握らされてきたわけだから、高校を卒業する頃には一端の職人として金を稼ぐようになり、結果として自然に遊び人になっていた(板前・職人には宵越しの銭を持たない遊び人が多い)

自分が入店する前からその店は本店・支店共に「あそこの寿司は美味しい」と地元で評判の店で、とても流行っていた店だったから、社長は子供の頃から経営者兼親方である父親から小遣いはたっぷりと貰っていたのであろう。さらに一人暮らしをしたいたわけではなく、家族と一緒に住んでいたので金に全く不自由していなかったのである。
自分がその二代目社長(先代はすでに亡くなられていた)の下で働きはじめた頃に感じたのは、「自宅からちょっと歩けば繁華街があるようなエリアで、子供の頃から金に不自由しないで育った都会の人間」に自然と身についている遊び人の雰囲気とおおらかさや鷹揚さであった。

その遊び人の社長に、店の営業が終わった後に連れて行かれた西麻布のバーで飲んだパスティスの水割りが、その酒を口にした初めての体験だった。
今自分が好んでよく行くようなオーセンティックなバーではなく、多分今で言うところの“クラブ(踊る方のクラブです)”の様な店だったと思う。自分が座っていたバーカウンターの隣の席に芸能人の浅香唯(と、もう一人綺麗な女性が)が座ってお酒を飲んでおり、所謂芸能人なども通う“そういう店”だったのだろう。

その店で初めて口にした、チェーンの居酒屋などで出しているカルピスサワーの様な白濁した液体(ただし炭酸無し)を奨められるままにゴクリと一口飲んだ。
口に含んだ途端「ウヘェ〜なんだこの青臭い香りは。田舎で子供の頃、カメムシを素手で触った時みたいな香りだ。」と閉口してしまった。
目を白黒させながらなんとか口の中に入れてしまった液体を飲み下し、すぐにバーテンダーに水をもらって口の中に残っている香りを味を洗い流した。当然、残りのその白濁した飲み物にはその後一切手を付けなかった。
「このすごい不味い酒、なんていう酒ですか?」と社長に聞くと「うちの店にも良く来るフランス料理のレストラン経営者のKさんいるだろう?そのKさんが教えてくれた酒でパスティスって言うんだよ。フレンチの食前酒に良く出てくる酒らしいよ。俺もこの前Kさんの店で初めて飲んだ。笑」ということだった。

普段から昆布や鰹出汁など微妙な風味と味の違いを利き分けられる様に舌と鼻を訓練している人間にとって、西洋のハーブを溶かし込んだこの酒は強烈すぎる味と風味だった。
おそらく社長自身も飲んであまりの強烈な味と香りに閉口したので、自分にもその体験をさせたかったのだろう。要するに自分に対してイタズラをしたわけだ(苦笑)

それから数年が経過して・・・自分も和食だけでなく、様々な洋食を自分自身で楽しむようになった。食の幅・嗜好が広がったのである。
以前なら油っこい料理で好きだったのは中華・ステーキ・焼肉くらいのものだったのが、イタリアンやフレンチの店もよく利用するようになり、メゾン・リストランテ・ビストロ・トラットリア・バルなど洋食の様々な業態の店を利用するようになり、自然と外国のスパイスやオイル、ハーブ、アルコールを好むようになっていった。それにしたがって舌と胃袋もタフになっていった。

初めてパスティスを口にして閉口したその日から数年が経過したある日の事。フレンチのレストランで食前酒をお選びください・・・と言われた際、普段は大抵辛口のシェリーばかりだったのだが、その日はなぜか「何かお奨めの物を」と伝えたところ、よく冷えたゴブレットに氷入りの白濁した冷たい液体が運ばれてきた。
その時まで数年前の西麻布の店で出来事はすっかり忘れていたのであるが、自分の目の前のテーブルに置かれたゴブレットの中の液体はどこか見覚えのある白濁した物であり、そこから数年前の記憶を呼び覚ますような香りが微かに漂ってきた・・・その香りが鼻腔に入って来た瞬間!目の前にある食前酒が何であるか?すっかり思い出して泣きたくなった。
そうその食前酒はフランス人が食前酒として愛用してやまない、例のあのカメムシみたいな、歯磨き粉みたいな香り漂うパスティスの水割りだったのである。
「うわ〜失敗したなぁ。これ飲まないとマズイかな。今から別のものに代えてもらえないかな?!」と後悔したのであるが、自分がソムリエに「お奨めの物をくれ」と言ってしまった手前、一口も口をつけずに「これ苦手だから代えてくれ」とも言いにくい。
お奨めを・・・と言ったのは自分だし、取りあえず相手のセレクションを飲むのがマナーであり相手のメンツを立てることになるのだから。

意を決して息を吸いこまないように気をつけながら、ガブリと口に含んだ。口に含んだ瞬間、例のあのうす甘い味が口中いっぱいにひろがる。ひんやりと冷たくて水で割った甘さそのものはそれほど悪くない。
恐る恐る鼻で息をするのを止めていたのを、そろそろと鼻腔を開放する。以前全くダメだった例のスゥッとする強い香りが空気と一緒に鼻腔に流れ込む・・・「む?!昔ほど鼻が麻痺するほどの拒絶感が無いぞ」とその時感じた。
モノは試しと、もう一口今度は鼻腔を開放したまま普通に飲んでみる。「うん、なんだか上手く感じる。昔感じたように口から吐き出したい様な気分にはならないぞ」と不思議に思う。
例のとても嫌に感じたあの香りもなんだか妙に好ましく感じる。結局ゴブレットになみなみと継がれた、そのソムリエお奨めパスティスの水割りはアミューズをつまみながら、全て飲み干してしまった。
流石にお代わりを頼むほどではなかったけれど。

それ以来バーで時々パスティスの水割りを頼むようになってしまった。あれほど苦手だった酒が好きになったのだ。考えてみれば似たような経験は他の酒でもある。

以前バーボンを飲み始めた頃、いつもアーリータイムスの一番安いやつばかり飲んでいたので、ある日酒屋で奨められるがままにワイルドターキーの8年物を買って帰り、風呂上がりにオールドファッショングラスにロックアイスを放り込んでターキーをたっぷりと注ぎガブリ!と口に液体を放り込んだ。
瞬間「ウッ!なんだこのモワッとしたすごいクセのある香りは?!」と感じて、残りを流しに捨ててしまった。
それから半年程、ワイルドターキーのボトルは自分の家のキッチンの床に放置され、ホコリをかぶるままになっていた。

ある日また風呂上がりに飲むウィスキーを切らしてしまったので、仕方なくホコリまみれになっているターキーのボトルを取り上げ、数ヶ月ぶりにロックにして口にしてみた。以前モワッとすごいクセがある・・・と感じた香りは甘くコクのある香りに感じ、美味しく飲めた。
それ以来バーボンと言えば、フォアローゼスやエズラブルックスなど上品な味の物よりも、ターキーばかり好んで飲むようになってしまった。
要するに好きになるまで時間がかかるような飲み物・食べ物は一度好きになってしまうとクセになり、そればかりを口にするようになるという事を実感した。

歌舞伎町のラーメン二郎もそう言えば最初に食べた時、脂とニンニクが強烈でちっとも美味しく感じなかった。なんであんなに行列が出来ているのか理解できなかったけれど、今では好きなラーメンである。
さすがに夏場は食べないが、秋冬になれば1月に3回くらい食べている気がする。ハッキリ言って今は美味しいと思って食べているのだ、好物と言っても差し支えない(笑)

もしかしたらこれは食べ物や飲み物、嗜好品だけにとどまらず、人に対しても当て嵌るのかもしれない。
つまり取っつきにくいと感じていた人も、回数を重ねて会ったり話したりしているうちに親友となる可能性だって有りうるような気がしないでもない・・・まぁ自分の今までの人生においては、初めに取っつきにくい印象を持った人とは距離を置いてしまうので、まだそういった経験は無いけれど。
でも今回このブログを書くにあたって、ちょっと気づいた点でもあるから、これからは試してみようかと思う。

さて・・・タイトルの“夏の過ごし方”だけど、この夏の暑い盛りにお奨めなのが何を隠そう上に書いたパスティスの水割りなのである。
夏といえば、今やカジュアルなバーでもオーセンティックなバーでも、つまり酒場ならどこでも(安価な居酒屋でさえ)メニューに必ずモヒートがある。そうモヒート、ヘミングウェイも好んだ「わがダイキリはフロリディータで、わがモヒートはボデギータで」のモヒートである。
行きつけのバーにこの前行ったら、ピッチャーモヒートなるものまであった。ピッチャーに大体タンブラー5,6杯分のモヒートが入っているようだから、3,4人のグループで頼むとちょっとお得♪といった感じである。
今から10年くらい前だと、バーでモヒートを頼んでる客見ると「あぁバーをよく利用する人で、お酒にちょっと詳しい人かな」なんて思ったけれど、今や全然そんなことはない。すっかりこのカクテルも市民権を得たのである。
でも自分は夏にはパスティスの水割りをお奨めしたい。これとてフランスではごくごく当たり前の習慣らしい。
食前酒としてパスティスの水割りを飲むだけではなく、暑い夏の盛りに所謂“暑気払い”としても良く飲まれるのだとか。開高健の『輝ける闇』の中でも、著者本人が熱帯夜をやり過ごすのにペルノーの水割りを飲む・・・という行がある。

だからこれを読んだ方は是非この夏バーに行ったら、「パスティスの水割りをください」とオーダーしてみてください。氷を入れた大きめのタンブラーかゴブレットにパスティスを注ぎ、その上から“よく冷えた”水をパスティスと水が1対4か1対5程度に薄めて飲んでみてください。
スゥーッとしたアニスの香りとうす甘い味、舌に感じる冷たさで夏の暑さが身体の中からクールダウンします♪

 | BLOG TOP |